1989年、90年ぐらいのはずだ。バンタンデザイン研究所でデザインを学んでいた頃、どの科も各々の班に別れファッションショーでそれぞれのデザインを競う毎年行われる恐怖の夏の合宿。前年のビデオを見せられ、生徒や先生をも含めた異常とも言える熱狂ぶりやデザインへの熱意やプレッシャーに恐れ慄き、クラスメイトは全員震えた。
班長だった私は、ショーでのウォーキングや演出のアイディアは漠然と持っていた;ブライアン・デ・パルマのファントム・オブ・パラダイスのグラムロック・スター”ビーフ”の記者会見場での棺桶からの登場シーン、スター・ウォーズ帝国の逆襲でベイダー鄕が統制の取れたトルーパー軍を引き連れ暗黒卿を前に跪くシーンを模してストーンズのあのシングル曲を回転数を極端に落としたらバッチリ合う、細野晴臣のEPのB面も使おう、等問題なく頭に浮かんだ。
が、肝心のテーマ、具体的なデザインのビジョンがまるでなかった。そんな時に同斑のショートヘアのNが持ち込んだ付箋だらけのヴォーグ誌のバックナンバーやスクラップ集にショックを受ける。血管や神経細胞、昆虫や蜘蛛の巣を模した幾何学的デザイン、オートバイのハンドルが飛び出す立体的なビスチェ。その年のティエリー・ミューグレーのコレクションだった。これだ!奇想天外ながらもきちんとエレガントで品格がある。それまでオートクチュールに興味はおろか小馬鹿にさえしていた私が正座させられた瞬間だ。
そんなミューグレーのスクラップ集を持ち込んだNにデザイン・コンセプトを全て任せ、私は細かい舞台演出やウォーキング、振り付け、BGMのテープ制作に集中した。
結果、その年の夏の合宿で私たちの班はまさかの銀賞を受賞した。
2022年。ミューグレーは逝き、私はフランス国でしがない芸術家を気取り、Nは東京でブルーズを唄う歌手活動を続けているそうだ。
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